2011年3月11日に発生した東日本大震災で津波による甚大な被害を受けた宮城県名取市の仙台空港は、震災から33日後の4月13日、民間旅客機の運航を暫定的に再開しました。再開初日は、全日本空輸(ANA)と日本航空(JAL)が羽田空港および大阪国際空港(伊丹空港)を結ぶ臨時便を計6往復運航し、被災の爪痕が色濃く残るなか、復興への一歩を踏み出しました。
東日本大震災では、仙台空港の旅客ターミナルビルに高さ3.02メートルまで津波が押し寄せ、1階部分には大量のがれきや自動車が流れ込むなど、空港施設は壊滅的な被害を受けました。震災から約1か月が経過しても、空港周辺には津波によって破壊された建物や設備が残されていました。
仙台空港の北側にあった仙台空港臨空公園では、遊具が津波の力によって倒され、周囲にはがれきが残されていました。空港施設の復旧作業が進められる一方、周辺地域には被害の大きさを物語る光景が広がっていました。
仙台空港の東側を通る貞山運河沿いでは、津波の強大な力によってアスファルトの舗装がめくれ上がり、海沿いに広がっていた防風林も大きな被害を受けていました。
震災後の仙台空港は、米軍と自衛隊による救援活動「トモダチ作戦」の拠点として活用され、被災地への救援物資の輸送や空港施設の復旧作業が進められました。旅客ターミナルの被害は深刻でしたが、滑走路のがれき撤去や必要な設備の応急復旧が急ピッチで行われ、2011年4月13日には昼間時間帯に限って民間旅客機の運航が再開されました。
仙台空港への運航再開第1便は、羽田空港から到着した日本航空のボーイング737-800型機で、全日本空輸も同型機を使用して臨時便の運航を開始しました。使用機材はANAが167席仕様、JALが165席仕様となっていましたが、旅客ターミナルは乗客の搭乗や降機に必要な設備を優先して復旧した段階で、木製の杭と有刺鉄線を使った仮設フェンスが設置されるなど、通常とは異なる環境での運航再開となりました。
震災からの復興を応援する思いを込め、日本航空は「がんばろう日本」、全日本空輸は「心をひとつに、がんばろうニッポン」のメッセージロゴを一部の機体に掲げて運航していました。
運航再開初日の臨時便は、全日本空輸が仙台空港と羽田空港を結ぶ3往復、日本航空が羽田線1往復と伊丹線2往復の合計6往復で、東北新幹線などの鉄道網が全面復旧していないなか、被災地と首都圏・関西圏を結ぶ重要な交通手段となりました。
今回の動画では、東日本大震災からの復旧初日となる2011年4月13日の仙台空港で、日本航空のボーイング737-800型機が羽田空港へ向けて離陸する姿を撮影しています。震災の爪痕が残る空港から再び旅客機が飛び立つ様子を、当時の状況を伝える貴重な記録として、臨場感のある映像でご覧いただけます。
【東日本大震災からの復興】 仙台空港で臨時便の就航と運航再開初日 日本航空 ボーイング737-800 羽田空港行き











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