鶴ヶ城と並ぶ会津地方の観光名所として知られる、福島県会津若松市の飯盛山の見どころをご紹介します。飯盛山は、戊辰戦争の一局面である会津戦争で、会津藩の敗北を悟った白虎隊士が自刃した悲劇の地として知られており、白虎隊十九士の墓や自刃の地、会津さざえ堂など、歴史にまつわる数多くの史跡が残されています。
飯盛山とは?
飯盛山は福島県会津若松市の中心部から北東側に位置する標高約314mの山で、その名前は飯を盛ったような山の形に由来するといわれています。
1868年に明治新政府軍と旧幕府勢力が争った戊辰戦争では、会津藩を含む奥羽越列藩同盟と新政府軍との戦いが東北各地に広がり、会津地方を主戦場とした会津戦争も繰り広げられました。飯盛山は、その戦いの中で鶴ヶ城が落城したと誤認した白虎隊士が自刃した悲劇の地として広く知られていますが、白虎隊は、会津藩が組織した16歳から17歳の武家の男子を中心とする部隊で、身分に応じて士中隊、寄合隊、足軽隊に分かれ、合計343名が所属していたとされています。
戸ノ口原の戦いで決定的な打撃を受けた白虎隊士中二番隊の一部は、1868年8月23日に負傷者を抱えながら郊外の飯盛山へと落ち延びました。そこで目にした鶴ヶ城周辺の城下町の火災を落城の兆しと誤認し、敵に捕らえられて生き恥をさらすことを望まず、自刃を決行したと伝えられています。ただし、落城を誤認したことだけが自刃の理由だったのかについては、異なる解釈もあります。
飯盛山の見どころ
飯盛山へは、お土産売り場などが立ち並ぶ参道の先にある階段を登っていきます。
訪れたのが正月明けだったこともあり、どのお店も閉まっていたのですが、白虎隊の墓守をされている方が次のような情報を発信していました。
確かに駐車場については無料と有料が混在しているため、私も疑問に思ったところではありますが、どうやら駐車場やお土産に関するトラブルが多いのだそうです。
私は念のため、市営駐車場を利用させていただきました。
霊場に向かうならスロープコンベアがオススメ
飯盛山の白虎隊霊場へは長い階段を登って向かいますが、階段を登るのがきつそうだと感じる方は、有料のスロープコンベアを利用して上まで進むことができます。
私も大内宿や鶴ヶ城などの観光名所を巡った後だったので、少し楽をするためにスロープコンベアを利用させていただきました。
一般的なエスカレーターのような階段状にはなっていないため、油断していると転がりそうになりますが、しっかりと手すりにつかまっていれば大丈夫です。
白虎隊士が眠る霊場
スロープコンベアの終点で降り、階段を少し登ると白虎隊霊場にたどり着きます。観光名所として訪れる場所ではありますが、ここは自刃した白虎隊士に手を合わせる場所でもあり、厳かな雰囲気が漂っています。
飯盛山で自刃したのは白虎隊士中二番隊37名のうちの20名とされており、その中で唯一蘇生して一命を取り留めた飯沼少年を除く19名が、この地に眠っています。
※出陣した隊士の人数については、42名とする記録もあります。
白虎隊が自刃した悲劇の地
白虎隊自刃の地は白虎隊霊場とは少し離れた場所にあり、狭い通路を進んだ先にあります。
自刃の地に向かう途中には、自刃した20名の中で唯一一命を取り留めた白虎隊士、飯沼貞雄翁(幼名:貞吉)の墓碑があります。
飯沼貞雄は戊辰戦争が終わった後も生き続け、1931年2月12日に76歳で宮城県仙台市にて永眠しました。仙台市にある曹洞宗金剛宝山の輪王寺にも飯沼氏の墓があり、飯盛山の墓碑には遺髪と歯が納められているのだそうです。
ここが白虎隊士中二番隊の20名が自刃を決行したと伝えられている場所で、鶴ヶ城の方を眺めている白虎隊士の像が建てられています。
白虎隊士の像が眺める先には会津若松市街の景色が広がり、その中に鶴ヶ城も見えていますが、ちょうど真ん中に長いアンテナのようなものが建てられているのが少々気になります。
白虎隊士たちは、ここから会津若松市街を眺めた際に、鶴ヶ城が燃えていると誤認して落城を悲観し、自らの命を絶ったと伝えられています。
特殊な建築様式を採用した会津さざえ堂
正式名称を「円通三匝堂(えんつうさんそうどう)」という会津さざえ堂は、白虎隊霊場を下り、飯盛分店を回った先にある高さ16.5mの六角三層のお堂で、寛政8年(1796年)に建立されました。
かつては二重らせん構造のスロープに沿って西国三十三観音像が安置されており、お堂の中を巡ることで三十三観音参りができるようになっていました。また、上りと下りが別々の通路になっているため、参拝者同士がすれ違うことなく進めるという、珍しい建築様式が採用されています。
全長150メートルの戸ノ口堰洞穴
戸ノ口堰洞穴は、猪苗代湖の水を会津地方へ引くために掘られた全長約150メートルの洞穴です。
戊辰戦争の際には、戸ノ口原の戦いで敗れた白虎隊士20名がこの洞穴をくぐって飯盛山にたどり着き、鶴ヶ城へ向かう途中で城下から立ち上る煙を目にしたことが、自刃を決意するきっかけになったと伝えられています。
厳島神社
永徳年間(1381年~1383年)に創建されたと伝えられる厳島神社は、地元の豪族である石塚、石部、堂家の三家によって社殿が建てられた神社で、かつては宗像神社という名称だったそうです。
白虎隊記念館
白虎隊記念館は、戊辰戦争における白虎隊をはじめとする会津藩の悲劇を後世に伝えたいという思いから、昭和31年(1956年)に会津出身の弁護士、故・早川喜代次氏によって創立された史料館です。
鶴ヶ城を訪れたのなら、白虎隊の歴史についても知りたい。そんな方には、ぜひ訪れていただきたい場所です。
ただし、前述した駐車場やお土産に関するトラブルについては、私自身も詳しい事情まではわかりませんので、訪れる際は十分に気を付けていただきたいところです。
飯盛山の交通アクセス・所在地情報
| 所在地 | 東北地方|福島県会津若松市一箕町大字八幡大和山乙 |
| 駐車場 | 有料 飯森分店駐車場 無料 市営観光客用無料駐車場 |
| 交通アクセス | 磐越自動車道会津若松ICより約15分 市内周遊バス ハイカラさん・あかべぇ 「飯盛山下」下車、徒歩5分 |
| マップコード | 97 324 117*26 |
| 関連ウェブサイト | 飯森分店 |



















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